小田急電鉄3000形2010年5月17日追補


2002年2月、大和駅にて。3252編成。前面の青帯はこの後、細く変更されている。

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本稿は、2001年10月に本ホームページ用に纏めました。

概要:
 2001年8月から2002年2月にかけて6両編成4本が入線し、慎重なテストを重ねた後、2002年2月10日より営業運転を開始した通勤車両である。
 その後も継続して増備が続き、小田急電車の最大勢力となっている。

 形式は3262編成までが、新宿方からクハ3050(3250)+デハ3000(3200)+デハ3000(3300)+デハ3000(3400)+デハ3000(3500)+クハ3050(3550)で、付番は5000形6両編成と同様であるが、3300番台と3500番台の下り方台車には電動機が装備されておらず、実質的には3M3Tと同等である。
 3263編成以降は、新宿方からクハ3050(3250)+デハ3000(3200)+デハ3000(3300)+サハ3050(3350)+デハ3000(3400)+クハ3050(3450)で、通常の3M3Tとなっている。
 2003年度登場の8両編成は、クハ3050(3650)+デハ3000(3600)+デハ3000(3700)+サハ3050(3750)+サハ3050(3850)+デハ3000(3800)+デハ3000(3900)+クハ3050(3950)である。
 4両編成用に3000、3050、3100、3150の番号区分が空いているが、4両編成は製造されていない。

 車体はステンレス製で、車体の裾を絞るのをやめたお陰で車体幅は2786mmとなって2000形より74mm狭くなり、室内幅は2586mmと5000形4両編成より129.4mm、1000形2000形よりも54mm狭くなっていて、かつての中型車の2400形の2500mmに迫る狭さである。
 張上げ構造をやめて雨樋が側面に移動した為、鴨居から雨だれが乗降客を直撃する事は少なくなったが、これは乗客に配慮するというより、製造上・コスト上の問題であろう。
 2001年度分6両編成4本は、ドアの幅、配置は2000形同様、乗務員室に一番近いドアのみ1300mm幅で他のドアは1600mmであったが、2002年度分の3255編成以降、ドア幅が1300mmに統一され、外観上の小田急の個性は殆ど見られなくなった。ドア幅が縮小されたが車端部の座席は4人掛けには戻らず3人掛けのままで、座席定員はそのままであるが、一人あたりの座席幅は440mmから450mmに増えている。前面は通勤形としては2200形以来の非貫通で、左右非対称の形態である。
 車椅子スペースは2000形後期の物と同様、乗務員室近くに設けられているが、折畳み座席が備わっており、通常は座席使用である。また、ホームとの段差を少なくする為、床が30mm下げられており、この為、このままでは千代田線に乗入れる事は出来ないが、車体構造そのものは乗り入れを配慮して設計されている模様で、かさ上げが可能な構造の様である。
 2001年度分6両編成4本は戸袋窓を存続させ、明るい感じを維持しており、小田急的配慮を持っていたが、2003年になって就役した2002年度分からは戸袋窓が廃止されてしまった。また、当初から妻窓を廃止するなど、小田急の台所事情の厳しさを窺わせる。

 最大寸法は全長20,000mm、全幅2,866mm、全高4,120mmで、2000形と違って先頭車のみ150mm長くするという事はなくなった。
 吊革の本数は、それまで小田急最高であった1000形幅広ドア車の先頭車147本、中間車161本を抜いて、2001年度分6両編成4本は、先頭車168本、中間車176本もあり、まさしく吊革だらけの電車である。2002年度分からは若干整理されて先頭車162本、中間車170本であるが、それでも吊革の本数の多さは他社の追随を許さないものである。
 定員は2001年度分6両編成4本が、先頭車145名(座席48名)、中間車157名(座席54名)で、2002年度分からは先頭車144名(座席48名)、中間車155名(座席54名)と減っている。
 また、2002年度分からは座席幅が440mmから450mmに広げられている。

 制御装置は三菱電機製のIPM素子2レベルVVVFインバータを使用し、冷却にフロンを使用しない自然冷却式としている。2000形で3レベルのインバータを採用しながら3000形では2レベルに逆戻りしている。
 最初に製造された3251F~3262Fの6両編成12本は制御器1個で電動機2個3群の計6個を制御する三菱電機製MPV-196-15V96を編成中2台搭載し、主電動機の個数は12個。それ以外では6両編成では制御器1個で電動機4個2群8個制御のMAP-198-15V115と4個1群制御のMAP-194-15V116を1台ずつ搭載し、主電動機の個数は12個。8両編成では制御器1個で電動機4個2群8個制御のMAP-198-15V115が2台で、主電動機の個数は16個である。容量はどれも3300V-1200A。
 制御器型番の194、196、198の4、6、8は駆動する電動機の数、15は電源電圧1500Vを示し、最後の番号が追い番であろう。
 主電動機は三菱電機製で3251F~3262Fの6両編成12本は定格180kWのMB-5092-Aで2000形の175kwよりやや高く30000形の195kWより低い設定であったが、これより後に製作された分は定格190kWと標準仕様に準じて出力アップしたMB-5102-Aである。
 駆動方式は小田急愛用のWN駆動。歯数比は3251F~3262Fの6両編成12本は2000形と同じ99:14=7.07であったがこれより後に製作された分は電動機の出力アップに伴い97:16=6.06に下げられている。これは民鉄標準仕様の高速タイプに属するが、小田急はこれを電動機回転数を下げ、騒音を低減する為と説明している。JR東日本が山手線電車の置換えに際し、車体の大型化による混雑緩和、軽量化による動力性能の向上による将来の時間短縮、省エネを謳っているのとは対照的である。
 編成重量は6両編成が3254編成までが174.8t、3255~3262編成が179.9t、3263編成以降が182.8tとマイナーチェンジの度に重くなっている。8両編成は240.5tで、2000形8両編成が256.6tであるから6%ほどの軽量化である。
 制動装置は2000形に続き回生ブレーキ併用全電気指令式電磁直通空気ブレーキMBSAであるが、2000形と違い在来車との併結運用がある為、電磁直通空気ブレーキ車との併結運転が可能な読替え装置が6両編成の上り方先頭車に装備されている。回生制動は0.7km/hまで有効で、電気ブレーキは能動的に停止直前まで動作させる為、純電気ブレーキと称している。当初、ブレーキの動作はスムースではなく、特に他系列との併結時はギクシャクしており、運転士泣かせの電車であったが改善されたようだ。
 台車は引続き住友金属製の様で、車輪径860mm、軸距2100mmとコンベンショナルな寸法で、電動台車がTS-1026、付随台車がTS-1027。なぜか東急車輛の台車の形式番号の追い番になっている。


3000形付随台車TS-1027
3000形の付随台車TS-1027。2008年5月。

 最高速度120km/h、最大加速度は3000形単独では3.3km/h/s、在来車併結時は2.7km/h/sとしており、3000形単独運転時には従来よりかなり速く走れる事になる。

 冷房装置は小田急では初の屋上集中型で、3251F~3258Fの6両編成8本が42000kcalのCU-705、それ以外は50000kcalに容量アップされ、3259F~3262Fの6両編成4本がCU-706、他はCU-710である。
 3259F以降の編成は、側面表示機のドット数を増やして視認性を向上している。
 また、3263Fは全面スカートが取り付けられて竣工し、低騒音試験が行われていた。これは一時3254編成で実施された試験を現実味のあるものにして実施されたもので、これを踏まえ、50000形にも同様のスカートが装備されている。試験は2006年1月9日をもって終了し、今度は同編成の電動台車付近に防音カバーを取り付けて2006年2月11日から営業運転を開始している。この試験も終了し、カバーは2008年7月に撤去されている。(2種類の防音カバー付写真はこちら)

 毎年度大量増備の予算が組まれ、2600形4000形9000形を駆逐、5000形の一部も置き換えられた。製造数量及び計画は以下の通りである。
 2001度年分が6両編成4本24両。2002年度分は6両編成4本24両(当初8本48両とされたものが変更された模様)。2003年度分は6両編成6本(当初5本とされたものが変更された模様)、8両編成3本60両。2004年度分は6両編成6本、8両編成4本68両。2005年度分は6両編成6本、8両編成7本92両。2006年度分は6両編成6本、8両編成1本44両で、合計6両編成32本、8両編成15本の312両である。
 2005年初頭に2005年度から2007年度にかけて246両増備する計画と発表され、総数は434両前後という事になるが、2007年度以降は3000形の製造はなく、新4000形10両編成の製造が投入されており、3000形は6両編成32本192両、8両編成15本120両の合計312両で一応製造を打ち切ったものと推察される。
 ところが、小田急は2010年4月30日に発表した「2010年度の鉄道事業設備投資計画」で4年度ぶりとなる3000形の車両増備をする発表した。6両編成2本に中間車4両を加えて10両編成2本にするというもので、これによって3000形は6両編成30本180両、8両編成15本120両、10両編成2本20両の320両となる。
 小田急は同時に近郊区間の各駅停車の10両編成化を発表しているが、時期は複々線化の完成後としており、その時期は複々線化の完了時期と共に、明記されていない。
 近い将来、小田急は10両運転主体となり、近郊区間外は6両編成が運用に就く事になるから、3000形以降、4000形を含め、4両編成が造られていない理由はこの辺にあるのだろう。
 初期の計画段階で発注区分を決定した物と推察され、製造区分が予算年度区分とずれた状態で竣工しているものがある。 

 途中の設計変更点が多く、製造区による違いもあるが、今までのところ編成組換えは行われておらず、改番された車はない。2010年度には6両編成2本に新造中間車4両を加えて10両編成にするとしているから、改番が発生するものと思われる。

 履歴:
  ●竣工

 2001年10月5日、3251+3201+3301+3401+3501+3551日本車輌
 2002年1月15日、3252+3202+3302+3402+3502+3552日本車輌
 2002年1月28日、3253+3203+3303+3403+3503+3553日本車輌
 2002年2月14日、3254+3204+3304+3404+3504+3554日本車輌
 2003年1月31日、3255+3205+3305+3405+3505+3555東急車輛
 2003年2月19日、3256+3206+3306+3406+3506+3556東急車輛
 2003年3月5日、3257+3207+3307+3407+3507+3557東急車輛
 2003年3月19日、3258+3208+3308+3408+3508+3558東急車輛
 2003年4月24日、3259+3209+3309+3409+3509+3559川崎重工
 2003年4月30日、3260+3210+3310+3410+3510+3560川崎重工
 2003年6月4日、3261+3211+3311+3411+3511+3561川崎重工
 2003年6月10日、3262+3212+3312+3412+3512+3562川崎重工
 2003年11月20日、3263+3213+3313+3363+3413+3463日本車輌
 2004年1月28日、3651+3601+3701+3751+3851+3801+3901+3951日本車輌
 2004年2月17日、3652+3602+3702+3752+3852+3802+3902+3952日本車輌
 2004年3月10日、3653+3603+3703+3753+3853+3803+3903+3953日本車輌
 2004年3月31日、3264+3214+3314+3364+3414+3464日本車輌
 2004年4月15日、3265+3215+3315+3365+3415+3465日本車輌
 2004年4月26日、3266+3216+3316+3366+3416+3466日本車輌
 2004年7月12日、3654+3604+3704+3754+3854+3804+3904+3954東急車輛
 2004年7月26日、3655+3605+3705+3755+3855+3805+3905+3955東急車輛
 2004年9月9日、3656+3606+3706+3756+3856+3806+3906+3956東急車輛
 2004年10月22日、3267+3217+3317+3367+3417+3467東急車輛
 2004年10月29日、3657+3607+3707+3757+3857+3807+3907+3957東急車輛
 2004年11月1日、3268+3218+3318+3368+3418+3468東急車輛
 2005年3月26日、3269+3219+3319+3369+3419+3469川崎重工
 2005年3月30日、3270+3220+3320+3370+3420+3470川崎重工
 2005年5月18日、3272+3222+3322+3372+3422+3472川崎重工
 2005年5月19日、3271+3221+3321+3371+3421+3471川崎重工
 2005年6月27日、3658+3608+3708+3758+3858+3808+3908+3958日本車輌
 2005年7月21日、3659+3609+3709+3759+3859+3809+3909+3959川崎重工
 2005年9月27日、3660+3610+3710+3760+3860+3810+3910+3960日本車輌
 2005年10月20日、3661+3611+3711+3761+3861+3811+3911+3961日本車輌
 2005年11月14日、3662+3612+3712+3762+3862+3812+3912+3962日本車輌
 2005年12月13日、3663+3613+3713+3763+3863+3813+3913+3963日本車輌
 2006年1月26日、3273+3223+3323+3373+3423+3473日本車輌
 2006年2月17日、3274+3224+3324+3374+3424+3474日本車輌
 2006年2月16日、3275+3225+3325+3375+3425+3475日本車輌
 2006年3月24日、3276+3226+3326+3376+3426+3476日本車輌
 2006年3月31日、3664+3614+3714+3764+3864+3814+3914+3964日本車輌
 2006年4月22日、3665+3615+3715+3765+3865+3815+3915+3965日本車輌
 2006年5月18日、3277+3227+3327+3377+3427+3477日本車輌
 2006年6月23日、3279+3229+3329+3379+3429+3479日本車輌
 2006年6月24日、3278+3228+3328+3378+3428+3478日本車輌
 2006年12月22日、3280+3230+3330+3380+3430+3480川崎重工
 2007年1月25日、3281+3231+3331+3381+3431+3481川崎重工
 2007年2月15日、3282+3232+3332+3382+3432+3482川崎重工

参考文献:小田急電鉄発行3000形リーフレット、小田急公式発表、各鉄道雑誌、三菱電機技報、及び実車観察。

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