小田急電鉄2000形2005年5月21日修正

2000形外観
2003年10月、南新宿。写真の第3編成から通過表示灯が製造当初から省略されている。

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本稿は、2005年2月に本ホームページ用に纏めました。

概要:
 1000形の改良型で営団地下鉄千代田線乗り入を視野に入れて計画され、1995年に登場したのが2000形で、登場時、小田急が標準車両として増備してゆくとしていた電車である。
 基本を10両編成として設計されているが、とりあえず近郊各停の8両編成化に投入される事になり、中間車2両を抜いた形で登場、車体番号は新宿方から2050+2000+2100+2150+2250+2300+2400+2450となっており、2200番台の電動車と2350番台の付随車が抜けた付番であり、また、将来4両編成、6両編成が登場した時にも4+6の10両編成組成時に同じ構成になるようになっている。
 他形式との連結は基本的に考えられておらず、制動装置は全電気指令式となっていて従来車との併結運用は組めない。
 しかし一時期多摩線内において2052編成を改造して4両編成各形式と連結して試験が行われていた。結局2000形の製造は複々線工事が予定通り進まず、頓挫し、6両編成、4両編成の製造は無かったが、その成果は新3000形で生かされる形となった。
 全編成が8両編成で、1995年に2本、1998年に1本造られて一旦打ち切り、2000年に3本、2001年に3本の計9編成72両が出揃った。当初は2600形の8両編成組替による編成数の減少を補う形で3編成造られたが、複々線化工事の進捗が予定通りに行かず、その後2600形の8両編成組替共々中断、8両編成3本24両では小田急としては経済的両数に達しているとは言い難く、結局は 駆け込む形で6編成追加製造され、同数の2600形8両編成を置き換える形となった。当初から予定通りに完成する見込みの無い工事計画を基に車輌を設計、計画するとは畏れ入るが、横の連絡が悪い縦割りの会社なのだろう。ちなみに、追加増備の車輌の製造には、2600形2666編成の廃車発生品が流用されているという。
 1000形登場後7年余りを経ているが、概ね5年毎に新型車を投入してきた小田急にしては間隔があいている。半導体技術が多用されている昨今の鉄道車両では1000形登場時の技術は急速に陳腐化し、2000形では当然その後の新技術が投入されている。
 足回りはインバータによる誘導電動機駆動で電動機出力は1000形と同じ175kwであるが、ギヤ比は1000形の6.31に対し7.07と上げられている。設計最高速度が120km/hと公表されているから、電動機の回転数はかなり高めの設定である。駆動方式は小田急愛用のWN駆動である。インバータの制御方式は1000形登場後に一般化した3レベル変調で、共振音が1000形に比べて大分抑えられ、静かな電車である。制動装置は在来車との併結を考慮しておらず全電気指令式MBSA-Rを採用。台車は1954年の2200形以来40有余年採用し続けてきたアルストムリンク式と決別し、モノリンク式で、ボルスタアンカの無い小田急初のボルスタレス台車である。軸梁式に一気に行かず、モノリンク式にワンクッションおいているのが保守的な小田急らしい。
 車体は客用ドア幅が1600mmに広げられているが、1000形と同様のステンレス製であり、前面も1000形の樹脂金型を有効活用したものと見えて、形状は同一である。新型だからといって外観を変える必要は全く無いのだが、車番をステンレスの切り出しとして少し大きくして若干位置を下げ、目新しく見せようとしている。前頭部の表示装置が発光ダイオード使用によるものになった為、遠目に見ての一番の識別点はここであろう。尚、第3編成から通過表示灯が省略されている。
 千代田線乗入れを前提とした為、車体幅は1000形と同じ2860mm。室内幅2640mmも1000形と同じである。先頭車は全長が150mm長い。
 パンタグラフは製造当初は従来と同じ菱形であったが、全車シングルアーム式に交換されている。転落防止用外幌は、製造時から取り付けられている。運転台のブレーキハンドルは外れなくなった。
 車内は1000形とほぼ同じであるが、配色は若干赤みを帯びている(写真はこちら)。端部の座席数が3人掛けと、1名減っているが、これはJRなどと同じである。JRと同じ座席数を確保した上でのドア幅が1600mmと言う事なのだろうが、1000形ワイドドア車の不評に対する言い訳を「他社と同じ座席数」で切り抜けようという姿勢が窺える。最初の3編成は側窓にブラインドが取り付けられていたが、2052編成の側窓ガラスを着色ガラスに交換してブラインドを撤去して試行した後、残りの6編成はブラインドを省略して製造されている。JR東日本の209系電車に倣ったのだろうが、密かに1編成改造して運用して様子を見て不評が無いのを確かめるあたり、1000形ワイドドア車の轍を踏まない用心深さが窺われる。本形式から先頭車に車椅子のスペースが設けられ、当初は連結面端部に設けられていたが、第4編成から乗務員室側後ろのドアを挟んだ位置に変更になっている。これは、乗務員の目の届く位置という事で変更されたもので、端っこに追いやる意図ではない。また、第4編成から、冷房装置の間に車外スピーカが取り付けられており、主として「ドアを閉めます」などという注意喚起に使用されている。
 次項を見れば判るとおり、製造された9編成が車輌メーカが3社に均等に配分されており、しかも集中的に3本ずつではなく、ご丁寧にも時期をずらして3社に1本ずつ製造させている。3000形から、メーカ毎にある程度まとまって発注するようになり、この発注形態は過去のものになってきたようだ。
 吊革の本数は、先頭車140本、中間車152本で、1000形に比べ先頭車の端部が1列2本多い。
 8両固定編成で、江ノ島線に8両運用が無い事と、千代田線、箱根登山鉄道に入線できない事から、小田原線の、主として新宿口の近郊区間で使用されている。
 尚、改番、廃車は一両も無い。

履歴:
  ●竣工

 1995年1月21日、2051+2001+2101+2151+2251+2301+2401+2451日本車輌
 1995年3月22日、2052+2002+2102+2152+2252+2302+2402+2452川崎重工
 1998年6月4日、2053+2003+2103+2153+2253+2303+2403+2453東急車輌
 2000年10月18日、2054+2004+2104+2154+2254+2304+2404+2454東急車輌
 2000年11月20日、2055+2005+2105+2155+2255+2305+2405+2455日本車輌
 2000年12月28日、2056+2006+2106+2156+2256+2306+2406+2456川崎重工
 2001年1月25日、2057+2007+2107+2157+2257+2307+2407+2457東急車輌
 2001年3月22日、2058+2008+2108+2158+2258+2308+2408+2458日本車輌
 2001年4月20日、2059+2009+2109+2159+2259+2309+2409+2459川崎重工

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