小田急電鉄1000形2013年10月10日追補

1000形
2003年5月、新百合ヶ丘。
写真は8両編成で、併結運用がない為、電気連結器が省略されている。

本稿は、2004年5月にに本ホームページ用に纏めました。

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概要:
 営団地下鉄千代田線乗り入れ用の9000形の代替を視野に入れて計画されたのが1000形である。
 この背景には、インバータ制御の技術の確立により、期が熟して来た事が大きい。
 9000形は在来車との連結の為に従来の抵抗制御を踏襲する一方、地下線内での温度上昇を避ける為に回生制動を装備しながら発電制動選択式となり、抵抗を強制冷却せざるを得なくなり、重装備の電車となってしまった。
 その後、地上線用の8000形では、回生制動のみで発電制動と強制冷却装置が省略され、特に問題ないことから、9000形は過渡期の中途半端な車輌になって行く。
 また、小田急では2762を電装してインバータによる誘導電動機駆動のテスト用とし、1986年1月から1987年11月にかけて旅客運用を含めて試験を行っている。1000形登場の直前まで試用されていたから、試作と言うより、実用試験に近かっただろう。
 その結果を受けて、1000形は、ほぼそのままの仕様で登場。制御装置・主電動機は三菱電機製である。制御装置がGTOサイリスタ使用のVVVFインバータで電動機4個制御のMAP-184-15V15で定格4500V・2000A。主電動機が175kwのMB-5026-Aでギヤ比が101:16=6.31のWN駆動である。在来車より高回転の設定で、粘着性能も向上しているので電動車比率は全編成1:1である。制動装置は在来車との併結を考慮して回生制動併用電磁直通ブレーキHSC-Rを採用。
 台車は基礎制動装置を8000形のシングル式からクラスプ(両抱き)式に戻した住友金属製のアルストムリンク式。電動台車がFS534、付随台車がFS034で、共に車輪径860mm、軸距2200mmである。アルストムリンク式の採用はこれが最後となった。

 小田急だけがなぜアルストムリンク式を採用し続けたのか理由は良く分からない。小田急はアルストムリンク式を使いこなしたなどという話も聞くが、アルストムリンク式のリンクのブシュの弾性の最適化が行き着く前に小田急以外の鉄道会社はさじを投げ、同じ住友金属が手がけたといわれる新幹線電車用台車のIS式で用いられたゴム材の研究成果などが得られた時にはアルストムリンク式を新規採用する鉄道会社が小田急だけだった、という事ではなかったか。
 で、その時には既に住友金属が推していた台車はミンデンドイツ以降の板ばね支持へとシフトしていたのだが、小田急では3100形NSE車で採用したものの現場の評判が芳しくなく、そのままアルストムリンク式に落ち着いたのでは、などと思ったりする。


1000形電動台車FS534
1000形の電動台車FS534。2008年4月、町田。

 車体はステンレス製となり、極力表面のリブを減らす一方、塗装の省略による無機質感を和らげる為、梨地仕上げとされている。
 9000形に代わる千代田線乗入れを前提とした為、車体幅が地上線用より狭くなるのは致し方ないが、2860mmと9000形より更に10mm狭くなり、室内幅は2640mmと9000形より25.4mmも狭い。壁が8000形の100mm、9000形の102.3mmに対し、110mmもある。ステンレス化によるリブの追加が主因であろう。
 前面デザインは地下線乗入れをアピールするかの如くの9000形に近いイメージであるが、前面に曲面ガラスを用い、前照灯周りの造作は8000形に近い。これを樹脂成型によって実現している。
 車内は8000形最終増備車と同じ配色でクリーム色の壁に赤い座席である。これは1000形のトップバッターと8000形の最終増備車との落成時期が2ヶ月余りしか違わない為、8000形最終増備車で1000形の配色を先行採用したものであろう。座席の端部に肘掛様の仕切板が付き、ドアに内張りが付いたのが目新しい。
 吊革の本数は、標準車体が先頭車138本、中間車152本で、8000形に比べ先頭車の端部が1列2本少ない。ワイドドア車は先頭車147本、中間車161本と増加したが、後の新3000形ではこれより更に増加している。

1000形室内
1381の室内。2009年4月、新宿。

 1987年度に4連8本32両、1988年度に4連・6連各3本30両、1989年度に4連5本・6連3本38両、1990年度4連5本(内ワイドドア車2本)・6連2本(ワイドドア車)32両、1991年度4連4本(ワイドドア車)・10連1本26両、1992年度8連1本・10連3本38両の196両が造られ、5000形の180両を抜いて新3000形に抜かれるまで小田急一の大所帯だった。

 編成構成は新宿方から、4両編成がクハ1000(1050)+デハ1000(1000)+デハ1000(1100)+クハ1050(1150)、
 6両編成がクハ1050(1250)+デハ1000(1200)+デハ1000(1300)+サハ1050(1350)+デハ1000(1400)+クハ1050(1450)、
 8両編成がクハ1050(1080)+デハ1000(1030)+デハ1000(1130)+サハ1050(1180)+デハ1000(1330)+サハ1050(1380)+デハ1000(1430)+クハ1050(1480)、
 10両編成がクハ1050(1090)+デハ1000(1040)+デハ1000(1140)+サハ1050(1190)+サハ1050(1290)+デハ1000(1240)+デハ1000(1340)+サハ1050(1390)+デハ1000(1440)+クハ1050(1490)、
 ワイドドア車は区分を+500とし、4両編成がクハ1000(1550)+デハ1000(1500)+デハ1000(1600)+クハ1050(1650)、
 6両編成がクハ1050(1750)+デハ1000(1700)+デハ1000(1800)+サハ1050(1850)+デハ1000(1900)+クハ1050(1950)となっている。

 地下線乗入れを前提に設計された1000形であるが、第一陣である1987年度製造分の1051F~1058Fは、無線設備、ATC等、乗入れに必要な装備を省略して登場している。新しい制御システムを採用した為、他社線での初期故障による障害を避け、自社線で実績をつけようとした事が窺われる。
 1988、1989年度製造分の1059F~1066F、1251F~1256Fは地下線乗り入れ機器装備で登場、以後は1091F~1094Fの10連4本のみが地下線乗入れ機器装備で製造されている。1992年度分の1092F~1094Fの地下線乗入れ機器装備は、1059F~1062F、1251F、1252Fの物を撤去して転用されている。
 また、2000年12月のダイヤ改正に先立って、1062Fと1252Fに地下線乗り入れ装備が再度取付けられている。その後、2004年12月のダイヤ変更で地下鉄乗り入れ運用が増えるのに合わせ、1061Fと1251Fにも地下線乗り入れ装備が再度取付けられている。
 この結果、地下線乗入れ可能なのは1061F~1066F、1251F~1256F、1091F~1094Fの10連10本の陣容になった。
 地下鉄乗り入れは原則として10連を組む6連と4連の末尾番号が揃う様に運用が組まれている。
 2007年に後継の新4000形が登場、2007年度に7編成投入され、更に2009年度には4編成増備され、これにより1000形は地下鉄乗り入れから撤退した。
 2009年3月のダイヤ変更で地下鉄乗り入れ可能だった1061Fを含む4両編成3本(1059F・1060F・1061F)が箱根登山赤色ラッピングが施された。
 箱根登山赤色ラッピングは2012年1月に1058Fが追加され、4両編成4本になった。

箱根登山色1000形
箱根登山色にされた1000形。2009年3月、小田原。
4両編成4本(1058F・1059F・1060F・1061F)が赤くされた。写真の編成は1059F。

 1990年度には、ラッシュ時のダイヤ遅延防止策としてワイドドア車4連・6連各2本が登場。小田急は整列乗車に配慮し、他社線の様にドア数を増やす事をせず、ドア幅を拡げる事で対処しようとした。実にドア幅2m(乗務員室直近のドアのみ1.5m)、ドア間の座席数5席、端部の座席数2席で、かつ4連の上り方2両と6連の下り方3両には座席の自動折り畳み機構が付く電車が出来上がった。通称1500系と呼ばれる車輌群である。しかしながら連結位置が定まっている他社線と違い編成単位で製造した為、その列車に当たった乗客は列車を見送る以外に避ける手段がなく不評を買い、翌1991年度製造の4連4本はドア間座席数を6席に増やし、使われる事のなかった座席の折り畳み機構は省略された。1551F、1751F以外には、車内にJR東日本の6扉車を真似た車内の液晶モニタはが設置されていたが、JR東日本の様に上手く情報を伝えられずに停車駅案内に使用される事が多く、使いこなせなかった為か撤去されている。(ワイドドア車の写真はこちら)
 乗客の不評はなおも納まらず、1997年度からドア幅を1600mmに縮小してドア間の座席数を7人に増やす改造工事が行われ、1999年度までに全車の改造が完了した。更に4両編成6本は6両編成4本に組み替え、改番された。番号は6連2編成の追い番になっている。完全な失敗作で小田急自身も取扱いかねている様子が窺われる。
 この結果、1000形は総数196両は変わらないが、4両編成19本、6両編成12本(内ワイドドア車6本)、8両編成1本、10両編成4本となっている。
 なお、ワイドドア車は当然の事ながら特殊な車輌群であり、地下線乗り入れは考えられていないようである。
 蛇足ながら、1989年1月14日竣工の1252Fは年初に入線した為、製造銘板が平成元年ではなく、昭和64年になっている。

 履歴:
  ●竣工

 1987年12月23日、1051+1001+1101+1151、1052+1002+1102+1152東急車輛(地上線仕様)
 1988年1月25日、1053+1003+1103+1153東急車輛(地上線仕様)
 1988年1月28日、1054+1004+1104+1154東急車輛(地上線仕様)
 1988年2月9日、1055+1005+1105+1155日本車輌(地上線仕様)
 1988年2月12日、1056+1006+1106+1156川崎重工(地上線仕様)
 1988年2月23日、1057+1007+1107+1157川崎重工(地上線仕様)
 1988年2月26日、1058+1008+1108+1158川崎重工(地上線仕様)
 1988年9月28日、1059+1009+1109+1159川崎重工(地下線乗入れ機器装備、後に撤去)
 1988年10月3日、1060+1010+1110+1160川崎重工(地下線乗入れ機器装備、後に撤去)
 1988年11月10日、1061+1011+1111+1061日本車輌(地下線乗入れ機器装備、後に撤去されたが再装備されている)
 1988年12月10日、1251+1201+1301+1351+1401+1451東急車輛(地下線乗入れ機器装備、後に撤去されたが再装備されている)
 1989年1月14日、1252+1202+1302+1352+1402+1452日本車輌(地下線乗入れ機器装備、後に撤去されたが再装備されている)
 1989年2月27日、1253+1203+1303+1353+1403+1453川崎重工(地下線乗入れ機器装備)
 1989年11月1日、1062+1012+1112+1062東急車輛(地下線乗入れ機器装備、後に撤去されたが再装備されている)
 1989年11月7日、1063+1013+1113+1163東急車輛(地下線乗入れ機器装備)
 1989年12月4日、1254+1204+1304+1354+1404+1454川崎重工(地下線乗入れ機器装備)
 1989年12月15日、1064+1014+1114+1164川崎重工(地下線乗入れ機器装備)
 1990年1月18日、1255+1205+1305+1355+1405+1455東急車輛(地下線乗入れ機器装備)
 1990年2月1日、1065+1015+1115+1165東急車輛(地下線乗入れ機器装備)
 1990年2月19日、1066+1016+1116+1166日本車輌(地下線乗入れ機器装備)
 1990年3月2日、1256+1206+1306+1356+1406+1456日本車輌(地下線乗入れ機器装備)
 1990年10月18日、1067+1017+1117+1167日本車輌(地上線仕様)
 1990年10月23日、1068+1018+1118+1168日本車輌(地上線仕様)
 1990年12月5日、1069+1019+1119+1169東急車輛(地上線仕様)
 1991年3月4日、1552+1502+1602+1652川崎重工(ワイドドア車・地上線仕様)
 1991年3月7日、1752+1702+1802+1852+1902+1952川崎重工(ワイドドア車・地上線仕様)
 1991年3月13日、1551+1501+1601+1651東急車輛(ワイドドア車・地上線仕様)
 1991年3月21日、1751+1701+1801+1851+1901+1951東急車輛(ワイドドア車・地上線仕様)
 1992年1月29日、1091+1041+1141+1191+1291+1241+1341+1391+1441+1491日本車輌(地下線乗入れ機器装備)
 1992年2月9日、1553+1503+1603+1653東急車輛(ワイドドア車・地上線仕様)
 1992年2月12日、1554+1504+1604+1654東急車輛(ワイドドア車・地上線仕様)
 1992年2月23日、1555+1505+1605+1655川崎重工(ワイドドア車・地上線仕様)
 1992年2月26日、1556+1506+1606+1656川崎重工(ワイドドア車・地上線仕様)
 1992年11月24日、1092+1042+1142+1192+1292+1242+1342+1392+1442+1492川崎重工(地下線乗入れ機器装備)
 1993年1月8日、1093+1043+1143+1193+1293+1243+1343+1393+1443+1493東急車輛(地下線乗入れ機器装備)
 1993年2月8日、1081+1031+1131+1181+1331+1381+1431+1481川崎重工(地上線仕様)
 1993年3月3日、1094+1044+1144+1194+1294+1244+1344+1394+1444+1494日本車輌(地下線乗入れ機器装備)

●改造
ワイドドア車のドア幅縮小、座席定員増加工事。東急車輛で改造。
 1998年1月9日、1751F
 1998年4月25日、1752F
 1998年9月4日、1551F
 1998年11月12日、1553F
 1998年11月13日、1552F
 1999年9月16日、1554F
 1999年9月27日、1555F、1556F

●編成組替・改番
ワイドドア車4両編成の6両編成組替。改造は東急車輛。
 2004年6月30日、1551+1501+1601+1651+1602+1652と編成替して1753+1703+1803+1853+1903+1953と改番。1651は運転台が撤去され中間車化された。
 2004年7月6日、1553+1503+1603+1552+1502+1653と編成替して1754+1704+1804+1854+1904+1954と改番。1552は運転台が撤去され中間車化された。
 2004年8月30日、1554+1504+1604+1654+1605+1655と編成替して1755+1705+1805+1855+1905+1955と改番。1654は運転台が撤去され中間車化された。
 2004年9月15日、1556+1506+1606+1555+1505+1656と編成替して1756+1706+1806+1856+1906+1956と改番。1555は運転台が撤去され中間車化された。

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