東日本旅客鉄道E351系電車 2008年5月10日新規

E351系電車-1
 手前付属4両編成が屋根上の空調装置が目立つ2次車、後側基本8両編成が空調装置サイドのランボードが目立つ1次車1000番代の混結編成で旅客運用に就くE351系電車。
 混結で運転されるのは稀で、編成番号の末尾が揃う様に決まった相手と連結するのが原則である。
1996年、塩山付近

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本稿は2008年5月に纏めました。

概要:
 中央東線の高速化を目論んで投入された特急電車でJR東日本初の振子電車である。当初183系電車の置換えに使用するとしていたが、結局JR東日本では他のJR各社の様な高速化の逼迫した事情がないと判断されたのか、8両編成、4両編成各5本60両が製造されただけで打ち切られた。
 JR東日本の振子電車はこの他には実験車のE991系電車3両が1994年11月に製造されているが、このE991系電車が1999年3月に御役御免になって久しく、JR東日本では在来線の高速化は専ら線形の改良と直線の高速化に頼る事となった。

先行24両
 先ず1993年度に基本8両+付属4両の12両編成2本の24両が製造された。後に改良増備車登場後に改造によって1000番代に改番された1次車と呼ばれるグループである。
 1993年9月16日に松本方12号車から
クハE351-1+モハE350-2+モハE351-2+クハE351-301、クハE351-201+モハE350-101+モハE351-101+サロE351-1+サハE351-1+モハE350-1+モハE351-1+クハE351-101
の12両が日立製作所で竣工、
 追って1993年9月30日に松本方8号車から
クハE351-202+モハE350-102+モハE351-102+サロE351-2+サハE351-2+モハE350-3+モハE351-3+クハE351-102
の8両が日本車輌で竣工、
 1993年10月16日に松本方12号車から
クハE351-2+モハE350-4+モハE351-4+クハE351-302
の4両が日本車輌で竣工している。

 これらは一通りの試験の後、1993年12月から振り子装置を殺した状態で特急「あずさ」に使用され、翌1994年7月から振り子装置を使用して運転されたが、当初制御のタイミングが悪かったのか、実際に乗ってみた感じでは曲線進入時及び脱出時に不自然に傾く感じで乗り物酔いしそうだった。
 1994年12月から「スーパーあずさ」として最高速度130km/hの高速運転を始めたが、この時には不自然な傾きは大分改善されていた様だった。

 車体は鋼製で、床面高さは低めの1130mm。
 座席はリクライニングシートで普通車がシートピッチ970mm、グリーン車が1160mmで共に4列配置である。テーブルは肘掛内蔵で向い合せ時でも使用できる。
 便洗面所は偶数号車新宿方に設置されている。6号車(モハE351-100)に多目的室及び車椅子対応便洗面所、7号車(モハE350-100)に車販準備室が設けられ、定員が少なく100番代として区別されている。
 座席定員はクハE351(0・200)が52名、クハE351(100・300)・モハE351(0)が60名、モハE351(100)が55名、モハE350(0)が68名、サロE351が50名、サハE351・モハE350(100)が64名で、基本8両編成が473名、付属4両編成が240名で12両編成で713名である。
 台車は制御付振子台車である。台車枠にころを設け、これで船底形の梁を受け、両者間を結ぶ位置に制御シリンダーを設けて傾斜制御を行うものである。振子は50km/h以上で動作し、50km/h以下ではロックされる。車輪径はやや小ぶりの810mmで軸距は2250mmでやや長め、ブレーキは油圧キャリパ式ディスクブレーキで電動台車がDT62、付随台車がTR247である。
 主電動機は先に登場したJR東日本初のインバータ制御特急電車の255系電車のMT68の95kwから150kwへと大幅に出力アップしたMT69、歯数比は255系電車の7.07から5.18へと高速化、電動機4個制御のGTOサイリスタ方式のVVVFインバータ制御装置を各電動車に搭載、制動装置は回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキである。
 パンタグラフは振り子による車体変位を受けない様に台車直結とし、鍵外しを電磁式としたPS26Cを奇数側電動車に搭載していた。
 コンプレッサーはころ防塵装置作動の為に容量を大き目に採り、12両編成中に2500L/minのレシプロ式がクハE351及びサハE351の都合5台と多めに搭載されている。
 冷房装置は室内機を屋根上に、室外機を床下に分散配置して重心低下を図っていて、型式は中間車がAU213、制御車がAU213/AU214とされている。
 補助電源装置は190kVAのSIVがモハE350の0番代車及びサロE351に搭載され、4両あたり1台で12両編成中3台である。
 編成重量は455.0tとされているが、不都合が出る度にちょこちょこ手直ししていた様なので、実際の重量は定かではない。

増備車36両
 1995年度に松本方に8両基本編成、新宿方に4両付属編成と先行する24両と逆に編成を組む改良型が36両増備された。先行24両と相違する部分が多く、2次車として区別されている。
 先ず1995年12月19日に松本方から
クハE350-3+モハE350-6+モハE351-103+サロE351-3+サハE351-3+モハE350-103+モハE351-6、クハE351-3
の8両が日立製作所で何故か2両の制御車がいずれも非貫通で、
クハE350-103+モハE350-5+モハE351-5、クハE351-103
の4両が日本車輌で何故か2両の制御車がいずれも貫通で竣工、
 1996年1月9日に松本方12号車から
クハE350-4+モハE350-8+モハE351-104+サロE351-4+サハE351-4+モハE350-104+モハE351-8+クハE351-104(S4編成)
クハE350-104+モハE350-7+モハE351-7+クハE351-4(S24編成)
の12両が日立製作所で竣工、
 1996年1月16日に松本方12号車から
クハE350-5+モハE350-10+モハE351-105+サロE351-5+サハE351-5+モハE350-105+モハE351-10+クハE351-105(S5編成)
クハE350-105+モハE350-9+モハE351-9+クハE351-5(S25編成)
の12両が日本車輌で竣工している。
 1995年12月18日竣工分は松本方12号車から
クハE350-3+モハE350-6+モハE351-103+サロE351-3+サハE351-3+モハE350-103+モハE351-6+クハE351-103(S3編成)
クハE350-103+モハE350-5+モハE351-5+クハE351-3(S23編成)
と組成された。

 竣工後1995年末より順次営業運転に投入され、入れ替わり先行24両の量産化改造が行われ、1996年3月のダイヤ改正から総数60両による「スーパーあずさ」8往復と間合使用による「湘南新宿ライナー」1往復の運用体制が敷かれた。

 座席は寸法が見直され通路幅を60mm拡げ、グリーン車の座席には背面テーブルが追加されている。
 便洗面所は偶数号車新宿方に設置されている。10号車(モハE351-100)に多目的室及び車椅子対応便洗面所、7号車(モハE350-100)に車販準備室が設けられ、定員が少なく100番代として区別されている。編成中の連結位置は換わっているが番号区分と装備の関係は1次車と同じで、これは1次車の組替えて編成構成を統一する事を前提にしており、追って1次車の編成組換えが行われている。便所は真空式に改められ、洗浄水の節約が図られた。
 制御車は1次車では上下方向にかかわらず全て奇数形式で0番代・100番代が正面非貫通、200番代・300番台が正面貫通で100位の数字が奇数の車両が奇数向きに使用されていたが、2次車では下り向き偶数形式であるクハE350形を新たに形式追加し、貫通路付を100番代として整理している。1次車のクハE351(100)が2次車のクハE351(0)に、同様にクハE351(200)がクハE350(100)に、クハE351(300)がクハE351(100)に、クハE351(0)がクハE350(0)に相当し、後述の1次車の仕様統一の改造に際して形式変更は行われず元番号+1000とされた為、制御車に関しては1次車・2次車の間に脈絡がない。
 座席定員はクハE350が52名、クハE351・モハE351(0)が60名、モハE351(100)が55名、モハE350(0)が68名、サロE351が50名、サハE351・モハE350(100)が64名で、基本8両編成473名、付属4両編成が240名、12両編成で713名で1次車と同じである。
 台車は制御付振子台車で基本的に1次車と同様であるが空気ばね間隔を若干広げて支持高さを変更した為、車体の側面が台車中心のところだけ少し出っ張っている。型式は電動台車がDT62A、付随台車がTR247Aとされ、主電動機形式もMT69Aとされている。制御装置のVVVFインバータはIGBT素子に変更されている。
 制動装置は回生失効によるブレーキ磨耗を回避する為、発電・回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキに改められた。その為、電動車にブレーキ抵抗器が設置されている。
 パンタグラフはシングルアーム式のPS31に変更されている。
 コンプレッサーはレシプロ式からスクリュー式に変更されている。
 冷房装置は機器配分を変更し、屋根上に大きく張り出す形になったが重心は下がっているらしい。サイドに張り出していたランボードはなくなっており、1次車と2次車の一番の識別点といえる。
 補助電源装置は190kVAのSIV3台のうち1台がサロE351からモハE350-100番代に変更され、設置位置がモハE350に統一された。
 編成重量は433.5tと、4.7%ほど軽くなっている。

E351系電車連結部
クハE350-105(S25編成・左)とクハE351-105(S5編成)連結部分。
両方とも2次車なのになぜか乗務員室扉の窓がクハE350-105の方が1次車の様に小さい。
2008年2月、辻堂ー茅ヶ崎

先行24両の改造・組替
 2次車の投入により1次車に対して旅客運用上の差異が極力なくなるように改造が施された。
 量産化改造と称する様だが、E351系の投入に対する消極姿勢を見ると、2次車といえども量産車と言い切るのはどうかと思う。
 改造は1次車の不具合を2次車で変更した部分が主である。

 主なものを下に挙げる。
 トイレを真空式に変更。
 ブレーキを発電・回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキに改めた。これに伴いブレーキ抵抗器を設置したが電動車の床下スペースの都合で付随車、制御車にも分散配置されている。
 パンタグラフをシングルアーム式に交換。
 空気圧縮機をレシプロ式からスクリュー式に交換。
 補助電源装置3台のうち1台をサロE351からモハE350-100番代に変更した。型式はSC40とされ容量は190kVA。
 編成重量は455.9tと改造前より僅か0.2%、0.9tほど重くなっているが、発電ブレーキの追加の影響に鑑みると重量増を抑えたといって良いと思う。

 改造と同時に編成組換えを行って編成構成を2次車と統一した。形式変更は行わず、元番号+1000の改番が行われた。
 組換えを言葉で説明すると以下の様になる。
 元の基本編成の松本方から2両目から5両目の4両を抜取って付属4両編成を組成。元の付属編成を3両目と4両目で分離、基本編成から抜取られた4両からモハE350(100)を分離してサハE351の新宿側に移動して組込み基本8両編成を組成している。

 先ず1996年3月13日に松本方12号車から
クハE351-1002+モハE350-1004+モハE351-1102+サロE351-1002+サハE351-1002+モハE350-1102+モハE351-1004+クハE351-1302(S2編成)
クハE351-1202+モハE350-1003+モハE351-1003+クハE351-1102(S22編成)
が日本車輌で竣工、
 追って1996年3月19日に松本方12号車から
クハE351-1001+モハE350-1002+モハE351-1101+サロE351-1001+サハE351-1001+モハE350-1101+モハE351-1002+クハE351-1301(S1編成)
クハE351-1201+モハE350-1001+モハE351-1001+クハE351-1101(S21編成)
が長野総合車両所(長野総合車両センター)で竣工している。

 ダイヤ改正が1996年3月13日だったから、かなりタイトなスケジュールで予備車無しでスタートした事がわかる。
 この後1997年10月17日に大月駅で入れ替え中の201系電車とS3+S23編成が衝突、S3編成の内何両かが車体を造り直している。

 2008年3月のダイヤ改正で「新宿ライナー」としての東海道線への遠征はなくなり、基本的に中央線用の性格を色濃くしている。

参考文献:
 鉄道ピクトリアルNo.582(1993/10増刊)新車年鑑1993年版P.163(東日本旅客鉄道255系電車諸元表)
 鉄道ピクトリアルNo.597(1994/10増刊)新車年鑑1994年版P.38-41、146、149(東日本旅客鉄道E351系電車の項及び諸元表、車両動向)
 鉄道ピクトリアルNo.628(1996/10増刊)新車年鑑1996年版P.39-41、160、162(東日本旅客鉄道E351系増備車(2次車)・1000番代の項及び諸元表、車両動向)
 ※上記参考文献中、E351系電車の諸元表については、誤植、抜けが多い為、本稿を纏めるのにあたり、一部写真等による推定により構成しました。

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